落合信彦については、まずはグーグル検索して欲しい。検索結果に表示されたまんまの人物である。今からノビー(落合信彦の愛称のこと)について書くのは、検索ではわからない事実についてだ。それは彼の魅力についてである。世の中には検索ではわからないことが、沢山あるのだと私は言いたい。

 落合信彦について知ったのは、広島の田舎の高校生だった時代。落合ノビーがドンドン海外に出ろ!と熱血して語り、田舎の中高生を煽りまくるわけである。あまりにカッコよすぎるあまり、真偽なんてどうでもよかった。

 当時の私は田舎で鬱屈するダメダメ高校生。父親といい、高校教師といい、ショボかった。将来なるべき自分のモデルになる大人が周囲にいなかったので、それにかわるモノを探していたのである。

 そんな高校生のど真ん中に突き刺さったのが落合信彦だったのである。

 当時、中二病という言葉も概念もない。

 1980年代というと、父権というものが失われて久しかった。それを求める少年たちが存在していた、最後の時代だったのである。当時の少年たちは、自分のなりたい「カッコいい中年男性」が周囲におらず、物足りなく感じていた。

 あるいは自分に学びをくれる、中年男性に飢えていたのである。

 落合信彦の類似商品として、当時は北方謙三や柘植久義などがいた。

 読者層がかぶっていた様子はないが、北方アニィに「ソープに行け!」と一喝されて喜んでいた童貞高校生たちと、落合信彦読者は気分として似通っていたと思う。

 柘植久義のファイティングマニュアルを熟読し、「ククリナイフは特殊な形状ゆえ、手元でのびてくるのか。注意しなきゃな。右ステップしてかわしつつ、掌底でアゴを打ち抜いてKOだ」なんてのも、学習していた。

 当時の中高生は自分がどんな中年男性になればいいのか、さっぱり見えなくて困っていたし、カッコいい中年男性に説教されたがっていたのである。それによる学びにも飢えてもいた。

 経済は右肩あがりだと信じられていたし、平和すぎる日本にうんざりしてもいた。デフレ経済から脱出できる気配のない現在とは違うのだ。北朝鮮の核開発も今みたいに進んでいなかったし、尖閣諸島に中国共産党軍がおしよせてもいなかった。

 そんな時代に「国際政治の激動」を伝える落合信彦は、ひたすらカッコよく見えたのである。彼の肩書は国際ジャーナリスト。彼ほどカッコいいマスコミ人種は存在しなかった。

 そりゃNHKニューヨーク特派員や、イスラエル駐在・朝日新聞記者なんてのは、当時だっていた。彼らは真実を報道しており、嘘はなかった。でもただの勉強のできる優等生にすぎず、カッコよくは見えなかったのである。魅力はなかった。

 ノビーの原稿は嘘ばっかりだったかもしれないが、彼のカッコよさはホンモノだったのである。彼は「国際政治の激動」と「国際経済の魅力」を正確に伝えていただけであり、それ以外の細かい事実などどうでもよかったのである。

 魅力のないNHK特派員よりも、魅力ある落合ノビーを選んでしまうのは、ごく当たり前のことだった。